デンジャラス(ノッチ)の現在がヤバい!安田は構成作家で生涯安泰?

タレント

米国大統領バラク・オバマドナルド・トランプにチェンジして早3年が経ちました。

それでもデンジャラス・ノッチがテレビから消えることはありませんでした。

お笑いコンビ、デンジャラス・ノッチは1990年後半から現在まで第一線で活躍し続ける芸人として、息の長さは折り紙付き!

消えたと言われていますが、実はまだまだテレビだけではなく多方面でも多才な才能を発揮されているようです。

今回は、消えたと言われるデンジャラス・ノッチの現在とこれまでの経歴とプロフィール、知られざるスポーツ少年としての過去、相方安田和博との関係などについて調べてみました!

是非最後までご覧下さいね。

デンジャラス・ノッチの経歴とプロフィール

デンジャラスノッチの本名は「佐藤望」(さとう のぞむ)で、1965年(昭和40年)7月26日生まれの現在54歳です。

ノッチは愛媛県新居浜市のご出身

『ボキャブラ天国』(フジテレビ)で一躍人気者の仲間入りをして以来、バラエティーで八面六臂(はちめんろっぴ)の働きぶりを発揮してきました。

更にはオバマ大統領のモノマネで認知度を獲得し、テレビでもお馴染みの顔となりましたね。

現在はタレント活動はもちろんのこと、アスリート芸人として、日本各地のマラソントライアスロンに参加してイベントを盛り上げています。

ノッチ少年についたあだ名がアベベ?

ヒートリー(左)アベベ(中央)円谷幸吉(右)

愛媛県の新居浜で育った少年時代は、スポーツ少年団に入ってから、中学高校と陸上部で、走ってばかりの毎日だったそうです。

そういうノッチ少年に付いたあだ名は「アベベ」(アベベ・ビキラ)で、まだ1964年の東京オリンピックの名残があった時代だっのでしょうね。

ちなみにですが、走るときに靴は普通に履いていたそうです(笑)

佐藤望(ノッチ)

中学では県陸上大会の中距離種目で優勝し、高校では3000m障害で四国大会3位になるほどの実力で、実業団入りは確実と誰もが思ったほどの実力者だったそうです。

「わざとさいずの小さなランニングパンツを履いてお尻に食い込ませたり、後頭部にだけポマードを塗り込んで、後ろの走者を気持ち悪くさせるつもりが、自分が先に気持ち悪くなって倒れました(笑)」

<出典>headline.yahoo.co.jp

アベベって何?有名な人なの?

1964年(昭和39年)の東京オリンピックで、強烈に日本人の心に刻み込まれた選手はこのアベベ・ビキラ(マラソン)と、アントン・ヘーシンク(柔道)でしょう。

エチオピアが生んだ「裸足の英雄」アベベ・ビキラ。

当時は男子だけだったマラソンの金メダリストです。

60年ローマ五輪を裸足で制したアベベは、シューズを履いた東京でもあきれるほどの強さを見せました。

後続に4分余の差をつけて独走し、2時間12分11秒の世界記録で初の五輪連覇を成し遂げたのです。

金メダル:アベベ・ビキラ(ETH)2時間12分11秒(当時世界記録)

●銀メダル:ベイジル・ヒートリー(GBR)2時間16分19秒

銅メダル:円谷幸吉(JPN)2時間16分22秒

下の動画はもう涙無しに見ることはできません…。

円谷幸吉の悲劇

円谷幸吉(東京オリンピック後)

1990年2年25日の『知ってるつもり?!』(日テレ)で、円谷幸吉さんの特集がありました。

偶然みていましたが、下の有名すぎる遺書が読み上げられたときには最後まで放送をみることができずチャンネルを変えてしまったことを覚えています。

父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。
干し柿、餅も美味しゆうございました。幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。

円谷幸吉は、周囲の期待に応えるため、オーバーワークを重ね腰痛が再発してしまいました。

病状は悪化して椎間板ヘルニアを発症。

1967年(昭和42年)には手術を受け病状は回復したものの、全盛期のような走りはすでに出来るような状態ではなくなっていました。

1968年1月、自らの手で命を絶ってしまいました。(享年27歳)

円谷幸吉とデッドヒートを繰り広げたヒートリーは、円谷の遺族と親交を結ぶようになり、2020年の東京オリンピックを楽しみにしていたそうです。

残念ながら昨年の夏、それを待たずに亡くなりました。



デンジャラス・ノッチがお笑いを目指したきっかけは?

ノッチ少年はとにかくテレビが大好きでした。

お笑いでは「ザ・ドリフターズ」「吉本新喜劇」ドラマでは「熱中時代」の水谷豊、「探偵物語」の松田優作に憧れていたそうです。

しかしながら、高校の担任からは「お前は面白くない!」と言われ、むしろそれに対する反発心で背中を押される形となったノッチは高校卒業後に広島の呉市で生活を始めたとのこと。

ふと、目にした「劇団東京ヴォードヴィルショー」(佐藤B作所属)が劇団員を募集していることに気かつきました。

オーディションを受けた結果、なんと一発合格!

コント赤信号リーダー・渡辺正行から「喜劇をやるにはコントが勉強になる」とすすめられて、同じ劇団員だった現相方の安田和博と「デンジャラス」を結成しました。

現相方の安田は元郵便局員だったとか。

「ボキャブラ天国」の番組終了とともに人気急落するユニットも数多くあった中、デンジャラスはノッチ43歳のときに、奥様のすすめで「オバマ」にも似てるよ!と言われオバマ大統領のモノマネを始めたところ、これが大ブレーク!(笑)

確か私の記憶ではオバマ大統領のモノマネの前には、総合格闘技選手の「ノゲイラ」のモノマネをしていたはずです。

これも結構似ていたと思うんですけどね(笑)

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ノッチの相方・安田和博は現在何をしている

ノッチの相方の安田和博現在は放送作家として「ダチョウ俱楽部」「とんねるず」の番組を手掛ける、人気構成作家として活躍されています。

プライベートでは、mixiのコミュニティで知り合った19歳年下の一般女性と2012年1月17日に結婚され、現在は三児の父親でもあります。

1967年(昭和42年)11月17日生まれで、ノッチの方が2歳年上なので番組中やプライベートでも「ノッチさん」と呼んでいます。

ここは結構、人柄とか好印象につながる重要な要素ですし、意識せずとも出来ていることが「デンジャラス」が絶対に消えない秘密の一つなのでしょうね!

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まとめ

自虐的に「他力本願」という言葉を多用するノッチですが、調べていて強く感じたのは「出会った人から愛されている」ということです。

デビュー当時に出会った「佐藤B作」「渡辺正行」相方の「安田和博」、タモリ、そしてオバマ大統領。

数多くあった、人生の岐路において様々なパーソナリティと周囲からの声を真摯に受け入れる素直さが備わっているということでしょうね。

「急なオファーに応えられるように、体調管理にはいつも気を付けています」という、お笑い芸人ノッチさんが何気に語った言葉ですが、強烈に印象に残りました。

ノッチさん、今度お笑いライブ観戦に行きますのでヨロシクです!

お身体気を付けてこれからも頑張って下さいね。応援しています。

今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。

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