近藤文夫(天ぷら)のプロフィールと結婚は?オバマを入店拒否!

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近藤文夫(こんどうふみお)さんの「てんぷら近藤」はミシュランの常連でもあり、世界中のVIPが足繫く通うほどの名店です。

料理人としての腕前は50余年で、その職人の味と人柄に惚れ込んだ文豪や名士で連日賑わうほどの盛況ぶりです。

中でも池波正太郎(作家)さんと土門拳(写真家)は心底、近藤さんの天ぷらが大好きだったようですね。

そんな天ぷらに魅せられた近藤文夫さんの経歴結婚(嫁)と子供天ぷらの魅力オススメの揚げ方などについて調べてみました。

是非最後までご覧下さいね。

近藤文夫(天ぷら)のプロフィール

近藤文夫(こんどうふみお)さんは1947年(昭和22年)生まれの現在73歳で、東京都足立区の出身です。

1966年(昭和)に18歳で「山の上ホテル」に入社し、その5年後の1971年(昭和46年)23歳で「てんぷらと和食 山の上」の料理長となりました。

その後、1991年(平成3年)に、43歳のときに独立して銀座に「てんぷら近藤」を開店して現在に至ります。

近藤文夫が天ぷら職人を志したきっかけは?

近藤さんが料理人を志したのは意外にも俗っぽい理由で「料理人になれば、食いっぱぐれることはないだろう」というくらいの動機だったそうです。

高校卒業の頃でも、和食か洋食すら決めていなかったとのこと。

「山の上ホテル」の面接で、創業者の吉田俊男社長(当時)から「お前は和食の顔だ」と言われて「てんぷらと和食 山の上」に配属されてね。天ぷらを揚げるようになったのは、入社半年目くらいにたまたま担当したからなんだよ。

<引用>Foodion

近藤さんの現在があるのは、「山の上ホテル」の吉田社長の目利きによるところが大きかったようですね。

近藤文夫の師匠はお客様だったの?

近藤さんが「山の上ホテル」の「てんぷらと和食 山の上」に配属されたときに、先輩の天ぷら職人は独立するためにホテルを退職してしまいました。

そのため、近藤さんは独学で天ぷらを学んだそうです。

「なけなしの給料で料理の本を買い集めては営業時間外に練習して技術を身につけたそれから、私の師匠はお客さん。」

<引用>Foodion

独学での天ぷらの技術習得に最も重要だったのはやはり「お客様」の存在だったようですね。

こればかりは、どの業界も変わらないようです。

「てんぷら近藤」のオススメの揚げ方は?

天ぷらは具材や衣ももちろん重要ですが、より大事なのは油の温度とのことです。

揚げるときの油の温度は、野菜は170℃、魚介の多くは180℃。

3個以上同時に揚げる場合は、適温より10℃高めの温度にしてから揚げる必要があるそうです。

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近藤文夫の結婚と嫁(妻)や子供は?

近藤文夫さんは結婚されており、結婚式は「山の上ホテル」の社長が仲人を務めておられます。

現在の嫁(妻)とご結婚されて今年で45年目になります。

奥様とは職場で出会ってお付き合いするようになり、そのままご結婚。

子供は男の子が3人いて、そのうちの2人は同じ料理の道へ進み、1人がお店のスタッフもされています。

名前や年齢など詳しいことは公表されていないようです。

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近藤文夫はオバマ大統領の来店を断った?

これは事実です。

というのも事情を聞くと常識的な理由です。

外務省の職員が近藤さんのお店に連絡して予約を入れようとした日には、既に90人以上の予約で埋まっていました。

オバマ大統領よりも先に予約していたお客様を優先したというだけのことですね。

「ウチには数カ月前から予約した客がみえる。いくら大統領のためでも、予約客を帰らせるわけにはいかねえ

<引用>日刊ゲンダイ

外務省から連絡があったときに、近藤さんはすぐに「オバマ大統領かな?」と察しがついたようです。

それでも先に予約していたお客様をそのまま優先する心意気こそが、多くのお客様に愛される一つの理由になっているはずです。

近藤文夫の「てんぷら近藤」の評判は?

ミシュラン連続10年受賞のお店だけあって、さすがに好評ですね。

それとは反対に以下のようなご意見もあるようです。

ネタによっては衣がガリガリ君状態で、瑞々しさは無く、風味も飛んでるような… 。キスやアナゴ等のネタはこのクラスの店舗では見劣りしますし、揚げに変化がないのが残念。

<引用>食べログ

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まとめ

近藤文夫さんが就任当時、「てんぷらと和食 山の上」は、月商100万円にも満たない売上で、ホテルの売上の足を引っ張る存在でした。

そんなお店を「自腹をきって」でも新鮮な食材を買い込み、研究に研究を重ねて今や年商3億円の繁盛店に成長させました。

いつも感じるのは、このような人たちにはある共通する視点があります。

近藤文夫さんは「天ぷらの専門店で野菜がほとんど使われていないことに気づいた」と仰っています。

成功するための変わった発想やアイデアを常に考えているところです。

調べていて非常に勉強になることが多かったですね。

是非1度お店で天ぷらを頂いてみたいと思いました。

今回も最後まで読んで頂きありがとうございました

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